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日本のしきたり ㉔五にまつわること

五になるとだいぶ有名度が落ちる。五街道は、東海道・中仙道・甲州街道・奥州街道・日光街道であり、豊臣五大老といえば、徳川家康・前田利家・毛利輝元・宇喜田秀家・小早川隆景、五人囃子といえば、太鼓・大鼓・小鼓・笛・謡、鎌倉五山といえば、建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄明寺、京都五山といえば、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺である。これをすべていえる人はクイズ王になれるかもしれない。三・四に比べ、数が多いためか、なかなか覚えられない。人はせいぜい三か四までしか覚えられないのだろう。

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日本のしきたり ㉓弥勒菩薩

釈尊が入滅してから56億7千万年後に弥勒菩薩は降臨する。では、それまでの間、弥勒菩薩はどこにいるのか。兜率天(とそつてん)で修業している。ここの一日は現世の4000年間に当たると言われている。56億7千万年÷(4000×365)は、約4000年になる。古い仏典では数字が異なり、計算すると約3000年になる。釈尊入滅後3000年から4000年後に人類滅亡の日がやってくる、という予言だ。釈尊入滅は紀元前500年頃だから、西暦2500年から3500年に人類は滅ぶ、となる。弥勒とはサンスクリット語でマイトレーヤ、つまり「ミトラある」の意味になる。ミトラとはミスラから転じた言葉で、太陽を意味する。弥勒の...

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日本のしきたり ㉒四菩薩

菩薩とは、未だに悟りを開いていない修行者を指す。当然仏より下位に位置する。しかし仏の中には、すでに悟りを開きながらも、悟れない者を救うために自らを貶めて人間界に生まれてくる尊い存在がある。それが四菩薩である。弥勒菩薩とは慈愛に満ち、仏教を理解できないで釈尊の救済からもれた存在を救う。56億年後の最後の最後には、自らの姿のまま地上に現れ、全ての人を救うとされる。普賢菩薩とは、仏教では救われないと考えられていた女性をも救う。一切の衆生を救い、延命の徳を持つ。文殊菩薩とは、完全な知恵を持ち、知恵のない者に知恵を授ける。観音菩薩とは苦しいときに助けを求めれば、苦しみから解放してくれる。この四菩薩が立て...

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日本のしきたり ㉑三は名数の代表格

日本では三を神聖な数としてきた。相撲で三役揃い踏みといえば、大関、関脇、小結、江戸時代は御三家といえば、尾張、紀州、水戸、御三卿といえば、田安、清水、一橋、三大改革といえば、吉宗の享保、松平定信の寛政、水野忠邦の天保、日本三景といえば、松島、天橋立、厳島、三名園といえば、金沢兼六園、岡山後楽園、水戸偕楽園、三筆といえば、弘法大使、嵯峨天皇、橘逸勢、三大祭りといえば、葵祭り、祇園祭、時代祭り、三大大河といえば、坂東太郎利根川、筑紫次郎筑後川、四国三郎吉野川である。戦後の子供の好きなもの、巨人、大鵬、卵焼きであった。

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日本のしきたり ⑳四神

風水では、東西南北の方角に神が宿ると考えている。東の方角には青龍、西の方角には白虎、南の方角には朱雀、北の方角には玄武が住む。青龍は水・川・池・湖・海を表す。白虎は人の行きかう道・交通を表す。朱雀は人の集まり、賑わいを表す。玄武は大きなもの、動かざるもの、山を表す。京都では東に鴨川、西に山陰道、南に巨椋池、北に船岡山が位置する。江戸では東に東京湾、西に東海道、北に上野の山、寛永寺、南に江戸の町を見立てる。その中心に龍穴として山の泉が湧き出る。ここに居を構える。京都なら二条城、東京なら江戸城がその位置にある。風水の上では、最強の住居なのである。

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日本のしきたり ⑲四方拝

元旦の宮中行事に寅の刻(午前5時30分)に行う四方拝がある。天皇は正装して清涼殿東庭に出る。天と地の上下方向と、東西南北の方角に向かって拝礼する。国家国民の無事と繁栄と幸福と祈願する。故熊谷賴明先生は病気で倒れるまで、毎年元旦になる瞬間、福寿開成と書かれたお札を病院の最上階に貼っていた。さらに自宅に帰ってから早朝に四方拝を行っていた。いつも病院の無事と職員の幸福を祈っていた。

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日本のしきたり ⑱三種の神器

皇位継承の証として天皇家が代々伝える至宝が三種の神器である。天孫降臨の際に天照大神がニニギノミコトに授けた。八咫の鏡ヤタノカガミ、八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマ、草薙の剣(天叢雲剣アメノムラクモノツルギ)の三つである。草薙の剣はスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したとき、尻尾から出てきた。これを天照大神に献上した。日本武尊が東征するとき、伊勢神宮によって叔母のヤマトヒメノミコトから草薙の剣を授けられた。駿河を通ったとき、土地の豪族に騙され、狩りの最中に火に囲まれた。その時、叔母からもらった草薙の剣で草を刈り、火打石で火を放つと、火は日本武尊から離れるように燃え広がる。ミコトの死後、妻がこの剣...

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日本のしきたり ⑰神社参拝はなぜ2回か

神社参拝はなぜ二礼二拍手一礼か?人間は神に対して不完全であるため、陰陽一体、男女一体で、初めて神の前に立てる、と考えたからである。人間が神に対し、祈りをささげに来たことを知らせるために二拍手する。本来は神に対して願い事を唱えるのでなく、実現を誓うのが本来の参拝の姿である。なぜなら、願い事をかなえるには、先に不自由を実現しなければならなくなるからである。つまり「幸福になりたい」と願えば、まず先に幸福でない状態を叶えなければ、幸福にすることはできない。そこで不幸を体験したい、という願いに転化してしまうのだ。これでは熱心に願い事を祈るたびに、まず先に不幸になってしまう。デカルト方法序説の「われ思うゆ...

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日本のしきたり ⑯漬物を香のものと呼ぶ由来

古事記によると、イザナギ・イザナミの命らはたくさんの神々を生んだ。その中に野の神、名を鹿屋野比売神カヤノヒメノカミまたは野椎神ノヅチノカミがいた。この神を祭神とする神社が萱津神社カヤツ(愛知県あま市)で漬物の祖神として知られる。その由縁は、神前に野菜を塩とともに供えていたが、すぐに腐ってしまう。そこで瓶を置いて、その中に塩と一緒に入れておいたところ、腐らず、味も香りもよいものに変わった。保存がきくうえに栄養もあり、これは神様からの贈り物だ、と村人たちはたいそう喜んだ。そこへ日本武尊が東征の途中に村に立ち寄った。村人たちは謹んで漬物を差し出したところ、「藪の中に神の食べ物がある」と仰せられ、たい...

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日本のしきたり ⑮お盆

正しくは盂欄盆会(うらんぼんえ)といい、サンスクリット語のウランバナからきている。もとは釈尊の教えにより、弟子の母が餓鬼道から救われた、という言い伝えから生まれた行事。 あるとき釈尊の弟子の一人が、母親がどうなっているか気になって調べたところ、いまだに成仏できずに餓鬼道に落ちていることがわかった。弟子は釈尊に相談し、亡き母を餓鬼道から救い出したい、と願い出る。しかし釈尊は、「本人次第なのだ」と諭す。しかし、納得がいかない弟子は、どうしてもと食い下がる。そこで釈尊は、弟子の姿を地獄にふさわしいものに変えて餓鬼道に落とすから、自分で説得してみなさい、となった。弟子は喜んで姿を変え、餓鬼道に向かった...

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